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大津地方裁判所 昭和52年(ワ)123号 判決

亡甲野花子訴訟承継人

原告 甲野松子

〈ほか二名〉

右訴訟代理人弁護士 木村靖

同 高見澤昭治

同 吉原稔

同 篠田健一

被告 滋賀県

右代表者知事 武村正義

右指定代理人 宮本喜和男

〈ほか三名〉

主文

1  被告は、原告らに対し、それぞれ金三万三三三三円及びこれに対する昭和五二年三月二九日から支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  原告らのその余の請求を棄却する。

3  訴訟費用はこれを五分し、その三を被告の負担とし、その余を原告らの負担とする。

4  この判決は、原告ら勝訴の部分にかぎり、仮に執行することができる。ただし、被告が各原告に対し、それぞれ金一万円の担保を供するときは、右仮執行を免れることができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告らに対し、それぞれ金一六万六六六六円及びこれに対する昭和五二年三月二九日から支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は、被告の負担とする。

3  仮執行の宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求を棄却する。

2  訴訟費用は、原告らの負担とする。

3  担保を条件とする仮執行免脱の宣言。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  本件事件の発生

滋賀県警察彦根警察署所属の警察官宮川清文他四名は風俗営業等取締法違反の容疑の下に、昭和五二年三月二八日午前一一時ころから約一時間にわたり、元原告亡甲野花子(以下「亡花子」という。)が昭和四八年一一月ころから彦根市○○町○○○×××番地で営業中の飲食店「○○○食堂」を捜索し、名刺・帳簿類・請求書等を差し押え、更に亡花子を彦根署へ連行し、同署において同日午後五時三〇分ころまで取り調べた。

2  警察官らの違法行為

警察官らの右職務執行行為には次のような違法がある。

(一) 捜索、差押について

(1) 右警察官らは、捜索、差押を為すに当って、これらの処分を受ける者に対し、捜索、差押令状を示さなければならないのに、本件捜索、差押を実施するに際し、亡花子に右令状を呈示することなく捜索、差押を強行した。

(2) また、右警察官らは、物品を差し押えた場合には、所有者などに差押物品の確認をさせるとともに押収目録を交付すべき法的義務を負っているのに、本件差押物品につき、所有者である亡花子の確認を得ていないばかりか押収目録を交付してもいない。

(二) 亡花子の連行について

右警察官らは、捜索、差押終了後亡花子に対し彦根署への同行を求めた際同女が、折柄昼食時間帯に差しかかっており、○○○食堂に来る昼食客を従業員一名だけでさばくことは著しく困難であるから出頭時間を繰り下げて欲しい旨懇請したのに右要請に耳を傾けることなく、「そんなこと出来るか、早よう来んなら逮捕するぞ。こんな店しめてもよいのだぞ、早ようこんかい。」などと店舗前で口々にわめきたて、出頭を強要した。そのため亡花子は、客の手前もあり、やむなく着替えもそこそこにして彦根警察署に連行されたのであるが、これは任意同行に名をかりた違法且つ不当な強制連行である。

3  亡花子の蒙った損害

亡花子は、警察官らの前記2記載の違法行為により不当に精神的身体的自由を制限されたばかりでなく実母、実子、従業員、顧客の面前で右2(二)の如き違法な仕打ちを受けたためその名誉・信用等をも著しく毀損されたものであり、これらの不法行為によって被った精神的・肉体的苦痛を慰藉するに、金銭をもってみつもれば金五〇万円が相当である。

4  被告の責任事由

右警察官らは、被告の公権力の行使に当る公務員として前記捜索、差押、被疑者の連行という職務を行うに際し、故意又は過失によって、違法に亡花子に前記3記載の損害を加えたものであるから、被告は、国家賠償法一条によって右損害を賠償すべき義務がある。

5  亡花子は、昭和五三年五月二七日死亡し、原告甲野太郎が配偶者として、同甲野松子及び同甲野梅子が直系卑属として、それぞれ法定相続分にしたがって亡松子の権利義務を相続した。

6  よって、原告らは被告に対し、それぞれ金一六万六六六六円及びこれに対する本件不法行為の日の翌日である昭和五二年三月二九日から支払済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因第1項の事実は認める。但し捜索等を始めたのは同日午前一〇時二〇分ころからであった。

2  同第2項中、警察官らは、亡花子に対し押収目録を交付しなかったこと、捜索、差押終了後亡花子に対し、彦根署への任意同行を求めたが亡花子において昼食時は店が忙しいので出頭は午後にしてほしい旨答えて即時の出頭を拒んだので再度出頭するよう説得しこれに応じて彦根署へ出頭してもらったこと、右説得に際し「どうしても来てもらえんということになると、警察としては逮捕してでも調べんならんことになるし、そうなると一日か二日は店を閉めんならんことになるから。」という趣旨のことをいったことは認めるが、その余の事実は否認する。右押収目録の点は、押収の際店内でその作成に着手したが来客があったので営業妨害になることなどを考慮して中断し帰署後完成したものであるところ、同日亡花子に手交することを失念したため、翌日及び翌々日同女に渡そうとしたが受領を拒否され現在にいたっているものであり、また、前記趣旨の出頭勧告の点も、警察官らの任意出頭要請に対し亡花子が「なんでいかんならんのや」というような非協力的な態度を示したところからなされたもので、決して出頭を強要して連行したというようなものではない。現に亡花子は出頭承諾後、隣の○○○○事務所に赴き架電したり、店の奥の部屋で着替えをしたり、任意に警察車両に同乗したりなどして自由に振舞っていたのである。

3  同第3項の事実は否認する。

4  同第4項中、右警察官らは被告の公権力の行使に当る公務員で、その職務の執行として右捜索・差押・任意同行を求める行為をしたことは認めるが、その余の事実は否認する。

5  同第5項の事実は認める。

第三証拠《省略》

理由

一  (違法行為の有無)

1  (当事者間に争いのない事実)

亡花子は、昭和四八年一一月ころから彦根市○○町で前記○○○食堂を営んできたものであるところ、昭和五二年三月二八日午前中、滋賀県警察彦根警察署所属の警察官五名によって風俗営業等取締法違反の被疑事実で右○○○食堂の捜索を受け、その所有にかかる物品等を差し押えられたが、当日右警察官らから押収目録の交付を受けていないこと、亡花子は、右捜索、差押終了直後右警察官らに彦根警察署への同行を求められた際、食堂が忙しくなる昼食時間帯に差しかかっていることを理由にして、即時の出頭ではなく午後からの出頭ということにしてほしい旨申出たのに対し、右警察官らは、右申出を諒承しなかったこと、亡花子は、右捜索、差押を終えて帰署する右警察官の自動車に乗って彦根警察署に出頭し、引き続き当日の夕方まで同署で右警察官の取調を受けたこと、以上の各事実は、当事者間に争いがない。

2  (捜索、差押に至る経緯)

《証拠省略》を総合すると、彦根警察署は、昭和五二年二月下旬から三月初旬にかけて、電話通報で数回にわたり、亡花子の経営する前記○○○食堂では無許可風俗営業、売春行為が行われているから調査されたい旨の訴えを受けたので、同署刑事課防犯少年係が、内偵を始め、主に同係中川崇巡査において、同食堂の風俗営業の許可の有無、同食堂の元従業員や客からの事情聴取による営業実態などについて捜査をした結果、亡花子に対する風俗営業等取締法(以下単に「風俗法」という。)違反(客に対し女性の従業員が接待して遊興、飲食させることを内容とする同法一条二号に該当する営業を無許可でしていること)の容疑が判明し、その態様が売春防止法違反の懸念もある悪質なものと認められたので、強制捜査に入る方針を決め、同年三月二五日、彦根簡易裁判所に対し、亡花子に対する昭和五一年一一月二四日の無許可風俗営業容疑で、捜索すべき場所を右○○○食堂及び附属建物とし、差し押えるべき物を金銭出納簿、売上台帳、名刺、メモ類等とする捜索差押許可状の発付を請求し、同日同裁判所裁判官から捜索差押許可状(以下「本件捜索令状」という。)の発付を受け、右中川巡査が同日、二六日及び二七日の三日間にわたって右○○○食堂の午前八時ないし九時ころから午後三時ないし四時ころまでの客の出入り状況を調査し、午前中は比較的客の出入りが少ないことを確認したうえ、右防犯少年係長宮川清文の現場指揮の下に、同係員寺田統一郎、同鷲田市郎右エ門、同山本謙蔵及び同右中川の五名の警察官が昭和五二年三月二八日午前一〇時二〇分ころ本件捜索令状による捜索差押目的の下に右○○○食堂に出向いたことが認められる。

3(一)  (本件捜索令状の呈示の有無について)

司法警察職員が捜索差押令状に基づき、捜索差押を為す場合には右処分を受ける者に対し、これを示さなければならない(刑事訴訟法二二二条一項、一一〇条)ことは勿論のことであるが、前示警察官らが本件捜索差押を為す際、右令状呈示をけ怠したか否かの点について判断するに、《証拠省略》によれば、前記宮川は、昭和五二年三月二八日午前一〇時二〇分ころ、封筒入りの捜索差押許可状を携帯し右○○○食堂へ入り、店内のカウンター内に女性がいたので同女に経営者かどうか確認したところ、同女は同食堂の従業員で経営者は便所へ行っている旨答えたので、持参した右封筒及びカメラを同食堂出入口脇三畳敷の間に置き、右従業員と言葉を交わしているうち、経営者の亡花子が店内に姿を現わしたので、同女に風俗営業等取締法違反ということで店内などを調べる旨を告げるとともに、同行した前記中川に命じてもってこさせた右封筒中から取り出した本件捜索令状を示したところ、亡花子はこれを手にとって見たことが認められる。《証拠判断省略》

従って、この点に関する原告の主張は、採用できない。

(二)  (差押手続について)

次に司法警察職員が差押令状に基づき、物品を差し押えた場合、押収目録を作成し、これを所有者、所持者若くは保管者又はこれらの者に代るべき者に交付しなければならず(刑事訴訟法二二二条一項、一二〇条)、それが押収手続の終了後これに引続いてなされることを法は予定しているものと解されるところ、前示警察官らが、右差押当日、亡花子に押収目録を交付しなかったことは、前判示のとおりであり、右押収手続が同日午前中に終了したこと及び前示警察官らが右押収手続終了後直ちに押収目録を作成してこれを亡花子に交付するにつき支障となる格別の事情のなかったことは、《証拠省略》によって認められるから、右警察官らの所為は、右刑訴法の規定に違反するものといわなければならない。このほか原告らは、司法警察職員には右のような差押に際し、差押物を所有者等に確認させる義務があるのに、本件差押の際、右警察官らは右手続を履践しなかったから、本件差押は、この点においても違法である旨主張するけれども、司法警察職員に対しそのような義務を認めるべき明文の規定も条理上の十分な理由も存しないから、かような義務があることを前提とする原告の右主張は、失当である。

4  (警察署への連行時の所為について)

原告らは、前示警察官らのした亡花子の彦根警察署への連行が任意同行の範囲をこえたものであり、またその際の右警察官らの亡花子に対する言動が亡花子の名誉、信用を害するものであったと主張するところ、任意捜査の一方法としての被疑者に対するいわゆる出頭要求ないし任意同行は、あくまでも被疑者の任意の承諾に基づくものであることを要し、したがって、被疑者が捜査官の出頭要求を拒否した場合には、捜査官が被疑者に対し、事理を明らかにして出頭要求に応ずるよう説得することはもとより許容されるところではあるが、その場合にあっても、右説得が社会通念に照らし相当とされる範囲をこえて執拗過度のものとなったり、威迫的言辞、態度でなされたりなどして、被疑者の自主的な判断を抑圧する結果となれば、その説得は、適法な説得とはいえない。出頭要求の場合、これを求める者が強制権力を帯有する警察官であり、その相手が不安と傷心の中にある被疑者であるため、出頭の無理強いがまかり通る危険性の少くない事情をふまえて説得がなされるべきであり、右説得が被疑者のかかる窮状に乗じ、被疑者に対し心理的強制ないし圧迫を加えるものであれば、被疑者がその身体に対する直接の拘束を受けず、また出頭ないし同行を承諾した外形があったとしても、かかる説得手段による被疑者の出頭確保は、適法な任意捜査とみることができず、右説得手段を含め、全体として違法なものとなるといわざるをえない。

そこで、本件についてこれをみるに、《証拠省略》を総合すると、前記鷲田らは、本件捜索差押を終えて右○○○食堂出入口脇の六畳敷の間で押収目録の作成にかかっていたが、前同日午前一一時二〇分ころ昼食客一名(乙村二郎)が店内に入ってきてカウンター前の椅子に座ったため、前記宮川は、このことを考慮して押収目録の作成を中止させ他の警察官らに帰署を指示するとともに、本件捜索差押に引き続き亡花子に対し風営法違反及び売春防止法違反の各容疑で取り調べることを予定していたので、その場で亡花子に対し、直ちに彦根警察署へ任意出頭するよう求めたところ、亡花子は、「なんで行かんならんのや」と言って出頭要求に対して不満の意向を表明しつつも、当時においては従業員の丙川と二人で二、三〇人の昼食客をさばいていて、丙川一人では多数の昼食客をさばくことは困難であるのに、出頭を求められた時刻が昼食時間帯の直前であったため、右宮川に「丁度昼だから、昼がすんでからにして下さい。」と出頭時間の繰り下げ方を申出、右丙川も同様のことを訴えたこと、右宮川は、直ちに同女を取り調べなければ同女が関係者と通謀して証拠が隠滅されるおそれがあると判断するとともに、前示事前調査の結果から店員一名ででも昼食客をさばくことができると考えていたこともあって、なおも即時の出頭方を要求し、昼食客の退け後に出頭したい旨をいう亡花子との間で押問答していたところ、当日の朝右宮川から亡花子の取調を担当するよう指示されていた右中川は、亡花子と右宮川のかたわらでそのやりとりを聞いていたが、亡花子が即時出頭の求めに応じそうにないので、「係長が言うてはるんやで、あんまり迷惑かけんと来てくれたらどうや。」と言ってその即時出頭を促がし、さらに、捜査官側に亡花子を逮捕できる事情も逮捕する意思もなかった(同女の売春防止法違反の容疑事実については逮捕状を請求しうるに足る資料はなく、風営法違反の点については、逮捕状の請求がされても逮捕の必要性の面から必ずしも逮捕状が発布されるものとはいえない当時の捜査状況であった)にもかかわらず、亡花子に「警察はちゃんと調べついているんやで、そんないいかげんなこといっておったらいかん。このことについてはどうしても警察へ来て話をきかせてもらわんならん。どうしても来てくれんということになれば警察としては逮捕してでも調べんならんことになるし、そうなると店も一日か二日閉めんならんことになるし。」などと語気荒く申し向けて執拗に、その場から直ちに彦根警察署へ出頭するよう求めた結果、亡花子は、やむなく即時の出頭を承諾し、他地の夫に電話で事後の措置を依頼した後に、右警察官らが乗ってきた自動車に同乗して彦根警察署へ出頭し、前示風営法違反及び売春防止法違反の容疑で同日の夕方まで取調べを受けたことが認められ、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

以上認定事実によると、捜査官から出頭要求を受けた亡花子は、出頭自体を拒否していたものではなく、その経営する食堂の営業上の必要から昼食時間帯以後に出頭したいということで、僅々数時間の猶予を求めていたのにすぎず、そして右申出の理由が十分納得できるものと考えられる反面、捜査官側に同女の即時出頭を不可欠とする合理的な理由を見出しがたい(証人宮川は、同女が関係者と通謀して証拠を隠滅するおそれがあった旨証言しているけれども、前記2で判示した捜査の経緯に徴すると、本件風営法違反の点については、右証言にいう証拠隠滅のおそれを認めることはできない。ただ売春防止法違反の点については右証拠隠滅のおそれが予想されないではないが、同法違反の事実は、前判示のとおり、捜査官の主観的嫌疑の段階にあったものにすぎず、捜査官もこの点の捜査の必要を明示して同女に出頭要求していたものでもないから、右の事情を斟酌することはできない。)ところであるから、捜査官としては、同女の右申出に耳を傾け、事案に即した出頭時間を設定してその出頭を求めるべきであったと考えられる。しかるに、前記警察官らが一途に当初の予定通りに出頭させて取調をしようとして、同女に即時出頭を執拗に要求したすえ、前記中川が同女を逮捕し得る客観的事情がなく、したがってその予定もその意思もないのに、あたかも出頭要求に応じなければ逮捕するかの如き言辞を弄し、さらに逮捕が即右○○○食堂の営業停止に繋がるかの如き印象を与えかねないような言葉を申し向けたことは、被疑者の立場を無視したうえの過度に執拗な要求と脅迫的言辞の合体したものとして、説得方法としての許容限度を越えた違法な説得といわざるをえず、またかかる違法な手段により同女がやむなく即時の出頭を承諾させられたものと認められるから、右警察官らがなした同女の彦根警察署への同行も違法なものといわざるをえない。

二  (損害の有無)

1  前判示の押収目録不交付による亡花子の損害の点をみるに、《証拠省略》によると、亡花子は本件捜索差押に立会人として立会し、更に右鷲田らが差し押えるべきと思料される物品を右六畳敷の間にもちよって並べながら差し押える物品とそうでない物品との区分け作業をしている間、そのかたわらにいて、右中川からその旨の説明を受けたり、右鷲田が押収目録を作成するに際し、右中川が差押物品名、数量などを読み上げるのをきいていたものであること、右鷲田は、本件差押を終えて彦根警察署に帰ってから後、作成途中だった右押収目録を完成させ、証拠品とともに保管しておいたが、右鷲田も、当日亡花子を取り調べた右中川も、責任者である右宮川もその交付を失念し、翌二九日午後、再び出頭してきた亡花子に右中川が押収目録不交付を示唆されて初めてそのことに気付き、その場で右押収目録を交付しようとしたが、亡花子においてこれの受領を拒否するので、更に翌三〇日午前、前記山本が右押収目録を持参して右○○○食堂を訪ね、居合わせた原告甲野太郎にその受領を求めて拒否されたので、右宮川は、右押収目録を彦根警察署に保管し、亡花子が受け取りに来たらいつでも交付できるようにしておいたことが認められるのであり、以上認定の事実に前示押収目録作成中断の経緯及び押収目録を作成交付し、もって被処分者等の財産権が不当に侵害されることを防止しようとする刑訴法の趣旨を考え併せると、本件押収手続の終了直後に押収目録が作成、交付されなかったことによる亡花子の不利益ないし不都合というものを考えることは困難であり、現に亡花子が右押収目録不交付により精神的損害を被ったことを認めるに足りる証拠はなく、したがって、この点に関する原告の主張は、採用できない。

2  前判示の違法手段による違法な出頭確保による亡花子の損害の点をみるに、《証拠省略》によると、亡花子が前記一4で認定したような脅迫的言辞による違法な警察署への出頭要求を受け、やむなくこれを承諾させられた際、その場にその母、娘、使用人及び客(一名)の居合わせたことが認められ、右認定事実によると、亡花子は、右警察官らの違法な行為によってその名誉と信用を侵害されるとともに、不本意の同行を余儀なくされ、かなりの精神的苦痛を味ったことが認められる。

しかして、《証拠省略》により認められるとおり、亡花子は、本件当時、比較的経営規模の大きい農業を営んでいた夫及び二人の子どもとともに円満な家庭生活を営み、その経営する前記○○○食堂の経営も安定していたことなどの同女の一身的付随事情に、前示警察官の違法な行為の内容、態様等諸般の事情を考慮すると、亡花子の被った精神的損害の慰藉料としては、金一〇万円をもって相当と認める。

三  (被告の責任)

前示警察官宮川及び中川の両名が被告滋賀県の公権力の行使に当る公務員であり、亡花子に対する出頭要求及び出頭確保の所為が右警察官らの職務行為であることは当事者間に争いがなく、右警察官らが故意又は過失によって違法に亡花子に対し、前示損害を加えたことは、前示認定のとおりであるから、被告は、国家賠償法一条一項により亡花子に対して右損害を賠償すべき義務を免れない。

四  (亡花子死亡による相続)

亡花子が昭和五三年五月二七日に死亡し、原告甲野太郎が配偶者として、同甲野松子及び同甲野梅子が直系卑属として、それぞれ三分の一宛亡花子の権利を相続したことは当事者間に争いがない。

五  結論

よって、原告らの本訴請求は、被告に対しそれぞれ金三万三三三三円及びこれに対する本件不法行為の日の翌日である昭和五二年三月二九日から支払済に至るまでの遅延損害金として民法所定の年五分の割合による金員の支払を求める限度においては理由があるからこれを認容し、その余の各請求はいずれも理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九二条、九三条、仮執行宣言について同法一九六条一項、仮執行免脱宣言について同条三項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 井上清 裁判官 笠井達也 小松平内)

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